美味しい人生を送りましょう!

美味しい人生を送りましょう!

大阪で生まれ、東北での開拓者との出会い。そして、東京で志を共にする仲間作り。食と農で広がる人生の選択肢とは?

美味しい人生を送りましょう!

目次

①献立表を読み込んでいた少年時代 

②僕の青春は宮城での食と農

③そして、東京で広告の仕事

④美味しい人生を送りましょう!

献立表を読み込んでいた少年時代

小学生の時は、何よりも給食が大好きでした。献立表が配られたら人一倍読み込み、

「たんすいかぶつ?」「しゅんのしょくざいがおいしいんだ」と食への好奇心を膨らませていました。

中学高校へと進み、人一倍食い意地を張っていた自分にとって、

進路選択でも「食」は譲れず、「食を学ぶなら農学部か??」という発想で

宮城大学食産業学部へと進学しました。

僕の青春は宮城での食と農

と、食の関心といっても「美味しいものを食べたい」という漠然とした「食」への気持ちしかありませんでした。

しかし、大学入学後、そこに「農」が加わったのです。

大阪の非農家出身の僕にとって、宮城での田園風景や、新鮮な食材たちは感動そのものでした。

フィールドに出るたびに刺激を貰い、農家さんのところに出入りする日々を送っていました。

そんな大学生活で、「食と農で生きる人はかっこいい!」と感じた僕は、周りの人の協力の下「あぐりどんと祭」というイベントの代表を務め、宮城県内の食と農の第一線で生きる人たちを広める活動に取り組みました。

この活動を通じて出会ったヒト、モノ、コトはどこを切り取ってもニヤニヤしてしまう、まさに僕の青春そのものでした。

▼宮城の食と農を一番アツく語る日「あぐりどんと祭」

そして、東京で広告の仕事

まだまだ書き足りない「宮城の食と農」への想いを持った僕ですが、現在は東京で広告の仕事をしています。

なぜ、食と農の分野に進まなかったのか?

それは、大阪から単身宮城へと移った僕にとって「新しい環境での出会い」が生きる上での一番の原動力であると思い、もっと色んなヒトやモノに出会いたいと思ったからです。

ただ、宮城での食と農で学んだ「モノづくりを楽しむこと」「相手が喜ぶモノを提供する」という心構えは、今の広告の仕事にも十分紐づいています。


▼大学時代の一枚。尊敬する先輩(左)と「あぐりどんと祭」を引き継いでくれた後輩(右)。その二人に挟まれてニヤニヤしている僕。

美味しい人生を送りましょう! 

 色々語ってきましたが、僕の人生には一大テーマがあります。

それはこの投稿文のタイトルでもある

『美味しい人生を送りましょう!』です。

幼いころの食い意地は、食への興味となり、今は食と農への関心へと広がりました。

僕の人生において、「食と農」は欠かせない存在となりました。

ですが、その根幹にあるのは「美味しいものを食べたい」という純粋な気持ちです。

ただし、それを自己完結するのではなく、志を共にする仲間と酌み交わす酒、尊敬する先輩からの餞別代りの一皿、そして家族と囲む食卓…と、周りの人と分かち合いたいと思っています。

だからこそ、「送りましょう!」と呼びかけにしています。

僕もまだまだ成長の途中ですし、わからないことの方が多い人間です。

しかし、これからも食と農への想いを持って生きていく確信だけはあります。

その想いをもって、GOBOの仲間とともに食と農を盛り上げていきます!

▼東京でも、食と農をアツく語り合える仲間たちと楽しみます!